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だからあなたは予告編に“心をつかまれる” 第一人者の作り手語る「映画予告編が面白い理由」

おそらく、これを読んでいるほとんどの人が、テレビCMやYouTubeで見た映画の予告編にそそられて劇場まで足を運んだという経験が一度はあるのでは。また、予告編はめちゃくちゃ面白そうだったのに、映画の本編を見たら全然ダメだった…という経験がある人も多いはず。どうして映画の予告編はあんなに面白いのだろうか。その秘密を日本のトップクリエイターが明かすイベント「ヒット映画を生み出す知られざる裏方、初公開!『映画予告編クリエイターの世界』ラウンドテーブル」が2月25日に開催された。

年間100本以上の映画予告編を手がける会社の代表が裏側を紹介

本イベントを主催した株式会社ココロドルは、年間100本以上の映画予告編を手がけている2016年創業の企業だ。昨今では、地上600mの高層鉄塔に取り残されるという衝撃設定がSNS界隈中心に話題を呼んだ『FALL』、ゆりあんレトリィバァの初監督作で海外の映画賞でも高評価を受ける『禍禍女』、ナタリー・ポートマンが製作陣に名を連ね、今年のアカデミー賞長編アニメーション部門にもノミネートされている『ARCO/アルコ』などの予告編制作を担当している。そして、この日登壇した同社の密本雄太社長は、高IQの人々で構成されるMENSA会員に名を連ねているハイスペックな人物でもある。

映画予告編クリエイターという職業があること自体が初耳という人がほとんどかもしれないが、密本氏によるとフィルム時代は予告編の制作といえば助監督の仕事で「作品を正しく伝えること」が一番の目的だったそうだが、デジタル時代に入った2000年前後から社会の情報化が進むと「劇場に足を運んでもらうツール」としての予告編が求められるようになり、同社のようなマーケティング視点を持った専門業者が台頭してきたという。

その上で「今回は分かりやすさから『クリエイター』という言葉を使っていますが、クリエイティブという0から1を生み出す仕事に対して我々は1を10にする仕事をしているので、実際はエディターやディレクターという呼び方が近いと思います」と前置きしつつ、「映画予告編は『作品』ではなく『広告』である」と話し始めた同氏は、以下の4つのキーワードあげて予告編制作のテクニックを明かした。

①予告編は国によって別物になる

『アナと雪の女王』の予告編における日米対比を例に始めに紹介されたのは「文化変形規則」という考え方だ。これを映画予告編の制作に落とし込んで簡単に説明すると「国ごとの文化や規則に合わせて予告編の作り方を変える」ということ。「日常生活で外国人と話す際、どこの国の人だからこういうことは言ってはいけない、あの国の人だからああいう表現をされても仕方ないということが頻繁に起こったりしますが、その曖昧な違いを明示的に定式化しようというのが、この文化変形規則の考え方です」と密本氏は説明を加える。

会場では「謙遜or対等」「集団or個人」「依存or自立」という3つの対比が紹介された上で両国の予告編を比較。「謙遜、集団、依存」の文化が強い日本の予告編はアナとエルサを中心とした感動的ストーリーを軸にした作りであるのに対し、「対等、個人、自立」の文化が強いアメリカの予告編は主要キャラクターを全員登場させてジョークを中心にした組み立てになっており、その意味が一目瞭然で確認できた。

②予告編だけにしかないセリフとカット

本編ではまったく使われていないシーンやセリフのことをアメリカの予告編業界では「ADR(Automated Dialog Repalcementの略)」と言うそうだ。「本編で使われてないセリフが予告編に入っていることなんてあるのって思うかもしれませんが、海外では頻繁に行われています」と密本氏は語る。

ここではマット・デイモン主演の宇宙映画『オデッセイ』(原題は『The Martian』)の英語版予告編でADRの例が紹介され、「いくつか字幕を入れさせてもらいましたが、そこはすべて本編にないセリフです」と同氏。記者に生死を問われた際のNASA長官の場面は、「(本編にあるシーンを使わずに)予告編を見た人に考えさせる終わり方。つまり起承転結ではなく“起承転転”という予告編を構成しなければならない際にこうしたテクニックが使われます」という解説が加えられた。

③予告編は“音”が命

ハリウッドの大作では予告編専用に音楽や効果音が作られることも多く、予告編の予算の大半をBGMに費やしてオーケストラが編成される作品もあるそうだ。予告編音楽を専門で作る「トレーラーミュージックバンカー」と呼ばれる職人たちもいるという。

密本氏によると、そこまで音に力を入れる背景には「音響心理学による感情誘導」が狙いにあり、「人の感情は視覚情報よりも聴覚情報に強く影響されるため、音によって観客のワクワク度を意図的に誘導しているんです」と解説した。

また、動物の声を使って感情誘導させる「生物学的本能」も音のテクニックのひとつだといい、「人間にはライオンの声と小動物の声を聞くだけでどちらが捕食者でどちらが獲物であるか本能的に判断する性質があるため、場面の状況を一瞬で伝えるために動物の声が使われることがある」と説明。こちらはカーチェイスのシーンが満載な作品『ベイビー・ドライバー』の予告編を使って実例が紹介された。

④予告編における感情曲線

上記3つのまとめ的位置付けとなる4つ目のキーワードでは、「弊社のクリエイターの机のそばにも貼られている」というグラフを投影しながら、「興味→没入→欲求」の三章構成で動くとされる人間の感情曲線を紹介。これを映画予告編に変換すると「世界観の設定(主人公や世界線の説明など)→問題定義(直面する問題や敵の紹介)→クライマックス(問題がどう解決されていくのか)」という三章になり、「理論的な証明というより、産業的に最適化された結果として、この理論をもとに作られる予告編が多い」と述べた。

ただ、劇場で流れる予告編についてはこの理論による映像が依然多いものの、“最初の1秒”で心を掴むことが求められるSNS用等の予告編では、出始めの「コールドオープン」と締めの「ボタン」が重視される傾向にあるともいい、別の感情曲線のグラフも紹介された。

締めのコメントで「予告編はやはり作品ではなく、劇場に足を運んでもらうための販促物のひとつでしかない」と改めて述べ、「だからこそここまで緻密に計算しなければならないんです」と語った密本氏。

こうして映画予告編が面白い理由が理論的に語られたわけだが、たとえテクニックを知ったとしても本編が面白いかどうかは実際の作品を観るまで分からない。ただ、仮に予告編を見た期待値より本編がつまらなかったとしても、劇場まで足を運ばせた時点で映画予告編クリエイターの働きとしては“勝ち”ということはよく理解できた。ここまで読んでくれた皆さんも引き続き予告編に“心をつかまれる”ことがあるかもしれないが、今回語られたポイントを踏まえて映画予告編を鑑賞すると、これまでと少し見え方が変わるに違いない。